おかげさまで創立30周年

10/02/2016

今年、日本のグルンドフォスポンプ株式会社は創立30周年を迎えます。グルンドフォス-ガデリウスポンプ株式会社として活動を開始したのは1986年、神戸でした。以来、30年の歴史を、私たち以上にご存知の販売店の方々にお話を伺いました。

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証言でつづる30年 その1

~30年の思いを次の世代へ(寄稿)~

轟産業株式会社 取締役副社長
酒井 薫 様

グルンドフォスポンプ株式会社創立30周年おめでとうございます。

弊社は、この創立よりも以前の1981年から、ガデリウス株式会社グルンドフォスポンプ事業部を通じて取引を始めました。

それ迄、ポンプについての知識がほとんどなかった10人足らずのガデリウス社員が、必死にもがいているところでの出会いです。水中ポンプや小型循環ポンプは、早い時期から実績があったようですが、弊社がめざす陸上用ポンプに関しては、初期の3年間ほとんど実績はなく、ただ、彼らの熱意だけは大変なものでした。その時のできごとは、今になってみると最高の思い出となっています。

当時弊社は取扱製品の拡大をめざし、ポンプ関係に注力しようとしていた時でしたが、既存のポンプメーカーは、すでに従来からの販売ルートが確立しており、弊社の出る幕は無く、何とかこのポンプで突破口を見つけようという強い気持ちと、このポンプなら「何とかなるのでは?」という直感的なものが、心の支えとなっていました。

「石の上にも三年」の諺どおり、そのうち特定の業界で採用が始まり、まとまった注文が決まるようになってきました。それらは金型温調機、純水装置、工作機械のクーラント装置、冷却水製造装置などといったもので、現在に至るまで多くのユーザーに使用されグルンドフォス社の最も得意な分野となっています。

 

◆ 特別な栄誉勲章授与の思い出

ようやく販売の目処がついてきた1985年、販売店5社がデンマークの本社工場へ招待され、あたたかいもてなしを受けました。ここで見学した設備や製造方法に驚嘆し、これなら必ずや日本市場を開拓できると確信しました。その際、自家用ジェエット機に搭乗させていただいたことも貴重な思い出となっています。この時の販売店の集まりが、その後の代理店会に引き継がれており、今も貴重な交流の場となっています。

翌年1986年にグルンドフォス社が出資し、30年後の現在に至っているわけですが、その中で最も印象深いことは、1992年にデンマーク王国のヘンリック殿下栄誉勲章を授与されたことです。これはデンマーク製品の輸入に特別な功労があった外国企業に授与されるもので、弊社のような中小企業が対象になることは、ほとんどないとのことでした。受章当日は弊社社長以下全役員がデンマーク大使館に招待され、至福の時を過ごしました。

 

◆ 大きなビジネスの柱として

これまでの30年間、グルンドフォスポンプの拡販ということを常に第一に考え、それに沿って社員の教育も実施してきました。おかげさまでポンプに関するエキスパートとして通用する数多くの社員が育ち、その波及効果として、他のポンプメーカーの拡販にもつながるようになってきました。今では売上金額の15%がポンプ関連という、弊社の大きな柱となっています。これからも、この比率を大きくしていきたいと思っています。

さて、今後の拡販のあり方について、従来からの装置メーカーをしっかりフォローすることは当然ですが、まだまだ弱いと思われる食品、薬品、化学などの業界を開拓し、設備用の案件を確実に受注していくことが大切です。幸い、製品の種類も毎年増加し、今ではユーザーのほとんどの要求に応じられるほどになりました。この優位性を存分に活用し、競合他社との差別化を図ってまいります。

今回、30年の歩みを振り返るとともに、この思いを次の世代にしっかりと引き継げるよう最大限の努力を行い、従来以上の業績向上をめざします。

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証言でつづる30年 その2

~マイナスからのスタート 二人三脚で掴んだ暖房市場~

京信興業株式会社 代表取締役
京野 信夫 様

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京信興業株式会社 顧問
工藤 晃義 様

京信興業株式会社は、冷暖房空調機器の販売商社として発足した技術商社。札幌に拠点を置き北海道全域を商圏としてビジネスを展開しています。1982年のある日、ガデリウス株式会社の事業部からUP型温水循環ポンプを紹介されます。それがグルンドフォスポンプとの出会いでした。


◆ 苦労を極めた市場開拓

30年前、日本ではまだ海外ポンプ製品への理解がすすんでおらず、グルンドフォスのポンプは市場には登場してはいたものの、製品性能ではなく設置方法を間違えていることで故障が起き、誤解を招いていたような時代でした。京信興業の工藤様は、当時の苦労を振り返ります。

「ちょうど良かった、引き取ってくれって、訪ねたとたんに言われるんです。ともかく、それは設置の仕方の問題だと説明するのが最初の営業でした。同じ会社に何度も何度も訪れて、使い方を説明しました。国産ポンプとは一線を画していた仕組みを理解してもらうのには、時間がかかりました」

しかし営業に廻っていた工藤様はもちろん、京野社長にも自信がありました。

「グルンドフォスポンプは当時すでに年間300万台以上生産されていました。これだけ世界中に出荷されているものに絶対悪いものはないという信念がありましたから、どうしても使いたいと考えていました。それに、UP型温水循環ポンプの性能・特長については私自身に知識がありました。エアーなどが入って来ないように、きちんとポンプを設置すれば最適な状況ができるはずですが、みんな使い方もシステムも判っていなかった」

北海道とはいえ、当時セントラルヒーティングの普及率は低く、事例数は少なかったといいます。使い方が判らないのも仕方のない環境でした。そんな時代に京信興業は、なんと200台ものポンプを取り扱うと決めたのです。京野社長には売れる自信がありました。しかし、営業活動は困難を極めます。

「全道を行脚するのです。函館から室蘭、夕方まで営業して夜中に苫小牧へ、さらに旭川へと約2,000㎞もの距離を移動し、いったんスタートすると1週間は帰って来られません。吹雪で前は見えず、車のヒーターも効かなくなる。先方へ到着しても、説明に時間がかかるため予定が組めず、宿を予約することもできません」と、信用を回復することから始めた開拓時の苦労を工藤様は語ってくれました。


◆ ともに行脚したグルンドフォス社員

そんな市場開拓に同行していたのは、当時のグルンドフォスの担当社員でした。月に2回は東京から駆けつけ、予定の見えない市場開拓をともにしていたといいます。

「二人とも、まずはまともな使い方をしてほしいという一心でした。正しい使い方やシステムをていねいに説明すると納得してもらえましたし、音の静かさや水漏れしないことに、みなさん好反応でした。いまでは、京信が扱うようになってから知られたという自負があります。その支えになってくれたのがグルンドフォスの社員の方でした。いろいろな面で良いパートナーだといえますね」と工藤様。

ほぼマイナスからのスタートとなったビジネスも、徐々に上昇。お客様に理解してもらい、納得して在庫を抱えてくれるようになったとき、それがまた次の段階へ進むエネルギーになりました。

今後、京信興業では空調設備などの拡張も視野に入れて、市場開発をしたいと考えています。

「当社も2016年に50周年を迎えます。業者さんに理解してもらうだけで大変な時代があったわけですが、いまは新製品が出たときなど、業界で集まって一緒に勉強会なども行っています。一緒に知識を深めて、一緒に販売をスタートするなど協力体制も強まっていますね」

京野社長はグルンドフォス製品の今後についても期待を持っています。

「グルンドフォスにはオリジナリティがあります。これからさらに他社にない、独自で競争力のある製品が登場することを願っています。また北海道とヨーロッパの気候は似ています。近年、暖房システムも様変わりをしていますが、だからこそ新しい製品の開発に期待しています。温水循環暖房には必ずポンプを使うのですから、地場のニーズにあったものの開発を希望しています」

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証言でつづる30年 その3

~縁と絆で築いた水中ポンプビジネス~

株式会社東北ポンプシステム販売 代表取締役
笹森 明人 様

青森を中心に東北各地に営業所を構え、深井戸用水中ポンプの販売を中心に全国的にビジネス展開している株式会社東北ポンプシステム販売。ガデリウス株式会社の時代からのお付き合いは、人と人との縁でつながれ、長く強い信頼関係で築かれていました。

◆ 軽くて強いポンプの登場

それはまだ、一般のポンプ販売会社には、グルンドフォス製品が知られていなかった時代でした。ちょうど青森では青函トンネル掘削事業が始まり、この一大事業を機に拡販を試みていた会社は多かったといいます。グルンドフォスの担当者は、まさにそのタイミングで青森へやって来て、メンテナンスもできる会社を探していました。そして飛び込み営業で訪れたのが、東北ポンプシステム販売でした。

その頃は、先代社長が会社の立て直しに奔走していた時期で、現社長の笹森様は一般企業に勤務していたそうです。「私が初めてグルンドフォスと知り合ったのは、先代社長の父が交流会に参加できず、代役を務めたときです。まだ私はポンプも業界もよく知らない頃でしたが、会場の雰囲気や熱気に、すごい会社だな、と思いました。そんな会社の担当の方が当時、東北の小さな会社に飛び込みで営業にいらしたというのです。これは縁ですね」

当時を知る社員の方の話から、グルンドフォスポンプの登場は国産メーカーには脅威だったかもしれないと笹森社長は話します。

「グルンドフォスの製品はポンプ自体がとても軽いため、一人でも持って歩けたそうです。当時オールステンレスの製品はほとんどなく、国産メーカーの製品は重くて、簡単には運べなかったのです。軽くて扱いやすいポンプは斬新だったと聞いています。性能もそうですが、時期も良かったのだと思います。青函トンネル掘削事業というニーズにちょうどマッチしたといえるでしょう」

青函トンネルの作業では深井戸ポンプを100mから200mの深さのトンネル内へ設置し、掘削する際に流れ出てくる水を地上へ汲み上げていました。ところが掘削による土や砂を含んだ水のために2~3週間でポンプがロックしていたのです。事業スタート時は使えなくなったポンプが山の上にごろごろ転がっているほどだったといわれています。

「グルンドフォスのポンプを起用してからは、作業も効率的だったはずです。しかも非常に厳しい状態の掘削水に2~3カ月耐えた。その結果みんなが納得し、噂も広まり浸透していったと聞いています」と、笹森社長も納得の様子。

 

◆ 速さと正確さで顧客満足を

株式会社東北ポンプシステム販売の社名は、実はグルンドフォスの社員がアドバイスし、つけたもの。当時の担当者が、これからは製品販売だけでなく、システムを売る時代になると提案したのです。

「各時代のグルンドフォスの営業担当の方々がいなければ、当社はなかったと思いますよ。何かあったときに厳しいのがメーカーのはずですが、グルンドフォスの営業の方とは折り合いがよいというのか、当社との信頼関係が確立しています」と、笹森社長は語ってくれます。

「当社が苦労していたときにも、決して見放さなかったのがグルンドフォスの方々です。新人社員の方が、当社に研修にいらっしゃることもあるほどですよ。そして、お客様との信頼関係もまた深いものとなっています。いま、東北ポンプシステム販売の営業範囲は東北に限らず、取引業者の営業所があれば全国どこへでも出かけます。昨日の訪問先から再度要望があれば、また次の日も行く。無駄な動きかもしれませんが、対応の早さにお客様は喜んでくださっています」

会社の内外ともに人間関係を大切にするのは、先代社長から受け継いだ姿勢です。お客様を大切にするためにも、社内でもより良い環境を心がけており、もっとコミュニケーションを深めていきたいと笑顔を見せる笹森社長。

「当社の営業は独自に考えて、自分で営業し、自ら活動しています。それが業績を伸ばしてきたと思います。社内でのよい信頼関係はそうした活動をサポートします。また、速く、正確に仕上げることは当社の自慢です。現場を見て人材も育ちます。東北の冬の現場はとても厳しいですが、苦労があるだけに仕上げた甲斐があります。グルンドフォスには今後さらに、在庫や部品面でフレキシブルな対応をお願いしたいですね。ビジネスのスピードは拡販につながります。今後もよい信頼関係を期待しています」

顧客のリピート率が高いという東北ポンプシステム販売のビジネス。これからも人と人、会社と会社の縁を大切に、フレキシブルに活躍を続けていくことでしょう。





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